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エッセイ「ノマド:逃し続ける運動」

2012年9月24日 月曜日

2012年12月1日に立命館大学にて開催される研究会議「ケイパビリティ・アプローチの臨床的展開に向けて」で、NPOサーベイ副代表の後藤が「ノマド:逃し続ける運動」と題した報告を行います。この研究会議は次のような問題を提起しているものです。

これまで理論がいささかなりとも現場に役立ったためしがあるのだろうか。医療、看護、相談、援助など、急を要する支援の現場で、悠長に構えた社会科学者の言説に何がしかの意味があるとしたら、それはいったいどんな? 個人の生の多次元性と自由(freedom)を基盤に据えるアマルティア・センの理論——20世紀社会科学の一到達点ではある——を臨床現場から批判的に検討しませんか?

後藤の報告原稿を掲載いたします。「現今の対人援助活動者の「生きられた真理」とはなにか」について考える論考です。ぜひご一読ください。

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「ノマド:逃し続ける運動」
後藤 隆

ミシェル・フーコーは、「狂気、死、犯罪あるいは性」に係る「さまざまの政治テクノロジー」について、各々よく知られている大部の著作を物した後に、「個別化する権力」、すなわち「個人を対象としながらもしかもその個人を継続的、恒常的に支配するための政治技術」に研究の焦点を移し、そうした「政治的技術」を「権力の」「牧人的様態」(以下牧人的権力と記す)と呼んだ。

牧人的権力とは、その名の通り、羊飼いが家畜の群れに対してどのようにふるまうかに喩えられ、わけても「寝ずの番」のように、「群れの安全を確保するため」の見張りに徹する姿、つまり「慈愛」や「献身」に「近い」形をとることが特徴とされる。

また、フーコーは、牧人的権力の歴史的事例として、オランダのテュルケ・ドゥ・マイエンヌのポリス構想を挙げている。その構想には次のような「生活の否定的な側面に携わる」「機関」が含まれている。

「具体的には、援助を必要とする貧困者(未亡人、孤児、老人)、それから金銭的援助(利子は求めないことになっていた)を必要とする活動に携わっている人々の面倒もみます。それだけではありません。病気、伝染病などの公衆衛生や、火災、洪水などの事故の面倒をみることにもなっていました」

これらテュルケの「貧困」「公衆衛生」「火災」「洪水」をふまえ、テュルケを通じてフーコーが挙例したかったものを、今日の用語で言い換えるなら、それは危機であり、カタストロフィであり、そして「明白な不正義(patent injustice)」であるとして差し支えなかろう。さらに、「生活の否定的な側面に携わる」「機関」とは、今日で言えば、社会保障・福祉制度とその関連組織であり、また「金銭的援助を必要とする活動に携わっている人々」とは、幅広く、医療、保健、看護、福祉等の対人援助活動者であるとみてよいだろう。

つまり、フーコーは、羊飼いにとっての家畜に喩えたヒトに降りかかる大きな危機、災い、不正義をまず想定したうえで、ヒトの「安全」「確保」に「献身」する羊飼いすなわち、テュルケ以来今日で言えば、対人援助活動者が、社会保障・福祉制度の名の下に牧人的権力を振るう者でもある、と指摘しているのである。

 ※続きは《こちらのPDFファイル》でお読みください。

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『社会調査叙説』第1回

2011年2月21日 月曜日

後藤隆著『社会調査叙説:影操りの世界定め』を連載しています。今回は第1回目として「序」の部分を掲載いたします。この連載については、本ブログ2月18日付記事「連載開始のご挨拶」もご参照ください。

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社会調査叙説:影操りの世界定め

 本論に先立って、表題の後半「影操りの世界定め」に簡単な説明を加えておいた方がわかりやすいだろう。

 「影操りの世界定め」の内、「世界定め」がおそらく最も耳慣れないものだろうが、これはもともと歌舞伎の用語である。歌舞伎では、顔見世興行や春興行において、どのような時代背景、人物設定をもち、どのような事件などを扱った作品を演じ示すかを、予め、既に観客に受け入れられ「当たり」をとった前例などを手本に、劇場主(太夫元)や脚本家(立作者)が打ち合わせをする。この打ち合わせを通じて、ある年のある興行ではおおよそこんな芝居を披露すると決めることを、「世界定め」と呼ぶのである(木下康二『歌舞伎の話』、講談社学術文庫、2005、153-154頁)。筆者は、その「世界定め」に社会調査をなぞらえることが、等身大の社会調査を理解するにあたって、適切だと考えている。

 では、「世界定め」になぜ「影操りの」と条件が付くのか。

 それを説明するには、「影」が、一般に言えばデータに対応するものであることから始めなければならない。

 言うまでもなく、データは、およそ社会調査について論じようとするならば、その基幹と目されて相違ない。つまり、社会調査とはデータをえようとする活動のことであり、データとして記録する活動であり、データを分析する活動である。そうした活動をどのように実現するかについての実用的な手続きを整理したものが、いわゆる社会調査法やデータ分析(技)法と呼ばれるものである。 

 しかし、data の単数形 datum がもともと「与えられたもの」を意味するにせよ、社会調査を論じるにあたって、データが既にある形で手元にあることから口火を切るならば、明らかに拙速であり、なにかを素通りしている。

 なにか?

 ※続きは《こちらのPDFファイル》でお読みください。

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『社会調査叙説:影操りの世界定め』連載開始のご挨拶

2011年2月18日 金曜日

NPOサーベイの理事、監事、会員のみなさん、これまでNPOサーベイの研究会に参加してくださった方々、そしてこのホームページやブログに意見をお寄せくださったり、関心をもって読んでくださっている方々、どうもありがとうございます。

副代表の後藤隆です。

と名乗るのもおこがましく、立ち上げの段階から一貫して精力的に手際よくしかも何の曇りもなくNPOサーベイの活動をリードしてくれているのは、まちがいなく松尾浩一郎代表で、私の方は「こんなことできたらいいね」の言い放しレベルに停滞し、とくにここ1年間は、ホームページへの投稿はおろか、大事な研究会にも顔を出さずに過してしまいました。

突き詰めれば本性怠惰に尽きるのですが、2009年11月15日未明我が家の奇禍も、既にお聞きおよびかもしれませんが、理由のひとつに挙げることが許されるかもしれません。

私たち家族は、そのために、確か1000万円×n(1≦n<3?)単位の本や学術誌、資料等を失いました。(災難直後は、関係機関に被害届を出すために、もう少し正確に勘定しました。なぜか今は思い起こそうとしても霞みがかかってしまいます。家具、電気用品等に比べ、圧倒的に「本代」が多く、担当官に念を押された覚えがあるので、それほどまちがってはいないはずです。)

もっとも、私の妻も研究職ですので、私個人所有で失ったものは、ざっとその半分程度。点数ははっきりしませんが、実際、我が家では、10棹以上のスライド式本棚に加え階段にも本、資料が積み上げられていましたから、図書館とまではいかないまでも、たとえて言えば大学の学科図書(資料)室程度はあったのだろうと思います。そして、その私個人分のほとんどが、実は、社会調査関連のものでした。

例えば、アメリカの労働生活調査『ピッツバーグ・サーベイ』全巻、アメリカ移民生活調査『ポーランド農民』全巻、それからスタウファー率いるいわゆる現在の「科学的」社会調査の原型『アメリカ兵研究』全巻を失いました。

(こう挙げてみると、あるいはお気付きかもしれませんが、仮にアメリカの社会調査史をまとめようとするならば、これらに、リンドの2度の『ミドルタウン』調査、そしてエラボレーションによって現今の因果推論の先取り(後述)をしただけでなく潜在構造分析をも開発したラザースフェルドの一連の業績を加えれば、必要十分とまではいきませんが、ラフスケッチにはなるでしょう。そう言えば、この2つについても失いました。)

結局、私は、多くの方のお力をお借りもし私なりに尽力もし、集めた研究資料をほとんど失うことになったわけです。幸い、勤務先研究室に置いておいたもの、研究室のPCにファイルで残しておいたものがあり、それがさしあたりこの1年間の私の研究教育活動を支えてくれてはいます。ですが、本格的なひとまとまりのものを仕上げようとすると、やはり失った資料の穴は思いの外大きく、また「霞み」と書きましたが、失った資料のことを思い起こすことそのものが、今もおそらくこれからも、どうも難しいようなのです。

奇禍後しばらくは、公的機関、金融機関、医療機関等との煩瑣なやりとりに追われていた私も、最近になって、ようやく本来の自分の仕事に不安を感じることができるようになりました。これも、様々な方々のご支援でとにかく生き延び、仕事にまで気が及ぶようになった証左ではあるのですが、一旦そう感じると、例えば定年まであと10年しかないとか、論文はどうするとか、あれこれ思い浮かべた挙句、ついにはやはり失った資料の穴を慨嘆することに立ち戻る、そういう循環を何度も繰り返してきました。

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「社会調査叙説:影操りの世界定め」という一風変わった表題をもつこの連載は、私にとっては、その悪循環を絶つために、今私が私の専門分野、すなわち社会調査と関わって書けることのすべてであり、なおかつ、いずれの作業にせよ小分けにせざるをえない心身の現状からしてベストの表現方法だと考えます。

もちろん、相変わらず、歯がゆい制約の下での作品であることに変わりはありません。

ただ、不思議なことに、制約ゆえに、初めてくっきりと、書き残しておかなければならないと、自分の中で確かめうるものもあるようなのです。

連載中のご感想、ご意見など、大いに歓迎します。
NPOサーベイの素材のひとつにでもなれば、願ってもないことです。

言うまでもなく、この連載内容はあくまで後藤個人の考えに基づくもので、文責ももちろん後藤にあります。NPOサーベイとしての方向性や活動とは切り離してお読みくださるようお願い致します。

また、上記のような経緯から、引照の多くは後藤の記憶頼りであり、出典明記については、後の追補作業とさせていただくことも、予めお断りしておくべきでしょう。後藤が読解し記憶した内容と原典との間に齟齬が起こりうる危険があります。また、原典をみつけられぬまま関連解説書を引照すること、つまり厳密に言えば孫引きも差し当たりご容赦頂きたくお願い申し上げます。

そのうえで、少なくともアカデミック・ライティングの最低線はクリアできるよう、できるだけ注意を払いますが、この点についても、御指摘など頂ければ幸甚です。

設立研究会の記録 (1)

2009年10月30日 金曜日

goto東京都,とは言っても,すぐ隣は埼玉県,わが国でも有数のニンジン生産地清瀬市の,雑木林の一隅に,長らく西武沿線に住んでいても,気づかない人は気づかない,控えめな大学がある.

近頃の天候不順で,秋風と残暑の蒸し暑さが入り交じった,秋の週末,その大学に,柔和な表情の陰になにやらしぶとさをうかがわせる,10人ほどの男女が集まってきた.

Dパック,歩きやすさにこだわった靴,ヒゲ.どうも単なる知的労働者ではなさそうである.それもそのはず,彼らは,社会調査の専門家たちなのである.しかも,かなりの場数を践んだプロである.

今日は,そのプロたちが,「社会調査の塾」をめざす,できたてほやほやのNPO「サーベイ」の設立研究会のために,足を運んでくれたのである.

(つづく)