2009年12月 のアーカイブ

調査表現と〈参与する知〉(2)

2009年12月23日 水曜日

(前回からつづき)

ogura前回のブログで、私たちはいまいちど〈人間関係としての社会調査〉という原点に立ち返り、〈人間の相互的・社会的コミュニケーションとしての社会調査〉の新たなスタイル(在り方)をつくりだしていくべきステージに立っているのではないか、そこに調査過程論と分かちがたく結びついた問題として〈調査表現論〉がクローズアップされてくるのではないか、とお話しました。

では、私自身はそれをいかに試みているのか。ささやかな事例ではありますが、拙著『高齢化社会と日本人の生き方——岐路に立つ現代中年のライフストーリー』(慶應義塾大学出版会、2006年)を題材にお話してみたいと思います。
まず、この本の帯の言葉から紹介しましょう。

koreikashakai「〈生き方としての学問〉へ——。
老いの季節を迎えんとする「団塊の世代」前後の現代中年と、30代でゲイでもある研究者が、それぞれに社会と対峙した経験をたずさえ、出会って生成される新たな人間存在の地平。それを両者のライフストーリーの螺旋のなかから渾身の力で描き出す。人間生成とエイジングの社会学。」

あらためてここに掲示するといささか気恥ずかしいのですが、なぜこの帯の言葉を最初に紹介したかといいますと、そこに調査過程論と分かちがたく結びついた調査表現論的な意味が込められているからです。

本書の問いは、社会の高齢化・成熟化(本書ではそれを学術的に〈再帰的近代としての高齢化社会〉と表現しています)を背景に人間の「生(life)」のありようが根本的に問い直されてくるなかで、人間存在と社会とのかかわりあいをどう考え、その存在論的基盤をどこに求めていけばよいのか、という「生き方」や「生きる意味」をめぐる問いでした(これは、英国の社会学者アンソニー・ギデンズがいうような、ハイ・モダニティにおいて中心的な舞台に立ち戻ってくる「道徳的/実存的問題」にかかわる問いだといえましょう)。

そして、この問いの真っ只中にいる現代中年(向老期にある中年後期の人びと)への、足かけ7年にわたる縦断的なライフストーリー・インタビュー調査をおこない、その調査過程のなかで浮かび上がってくる知見の生成過程を〈経験の実践プロセス〉として描出し、作品化したのが本書です。

その作品化にあたっては、つぎのような調査表現の試みをおこないました。すなわち、《調査研究者(著者である私)の経験のなかでの生成》《調査協力者(本書に登場する現代中年)の経験のなかでの生成》《調査研究者と調査協力者の相互作用経験のなかでの生成》という三重の生成のらせん=〈経験の実践プロセス〉を記述しながら、《読者の経験との相互作用のなかでの生成》という四重めの生成のらせんを図る作品構成です。

そこには、《調査協力者の経験のなかでの生成》《調査研究者の経験のなかでの生成》《調査協力者と調査研究者との相互作用経験のなかでの生成》という三重の生成のらせんが、〈再帰的近代としての高齢化社会〉という歴史的社会的状況を背景に生み出され、さらにそこに《読者の経験との相互作用のなかでの生成》が交差していく——そのプロセスそれ自体が社会過程なのであり、学問(調査研究)の社会的実践性のひとつの局面として社会生成の重要な回路ではないか、という思いがこめられています。

それは、まさしく「調査をするひと」「調査を受けるひと」「調査を読むひと」が相互にコミュニケーションし、社会生成に参与していく舞台を作品化するという調査表現の試みでした。

(つづく)

社会調査の系譜とNPOサーベイ(3)

2009年12月14日 月曜日

(前回よりつづき)

matsuo前回とりあげたポール・ケロッグの周辺で活躍した写真家、ルイス・ハイン(Lewis W. Hine 1874-1940)について話したいと思います。ハインはただの写真家ではありません。限りなく社会調査といってよい領域にまで踏み込んだ興味深い写真家です。

Hine_c1900ハインはアメリカのウィスコンシンに生まれました。初めから写真家になろうと志していたわけではありません。シカゴ大学やコロンビア大学では社会学や教育学を学んでいます。

写真に関わりはじめるきっかけは教育実践の中ででした。社会科の教材づくりの手段として、世紀転換期のニューメディアであるカメラ、写真に興味を持ったのです。

このような動機でカメラを手にしたわけですから、彼の撮影対象はもっぱら人と社会でした。

たとえば初期の作品にエリス島の移民を撮影したものがあります。当時は東欧からの移民が社会問題となっていました。アメリカの土を初めて踏んで入国審査にいどむ人たちの不安な眼……。彼は早撮りは好まず、大判カメラを丁寧に使って人の表情を精細に描写していきました。

Ellis_Islandハインはただ写真を撮るだけではありませんでした。写真を用いて積極的に社会的な発言をしていきます。自分の撮った作品を携えて講演活動をしたり、写真をコラージュしてポスターを作り世論に訴えたりします。

自然と彼は「ソシオロジカル・フォトグラファー」と呼ばれるようになりました。ときには「社会学者」とさえ呼ばれることもありました。

1907年にはアメリカ連邦政府の機関である児童労働委員会の依頼を受け、児童労働の現場の調査・撮影を始めます。児童労働の悲惨な現状を調査と写真をもって明らかにすることがハインの役割でした。

ハインはアメリカ中を旅して、児童労働の現場を見て回ります。とうぜん調査先の工場などでは歓迎されるはずもありません。時には探偵のような手段も使いつつ、フィールドワークを重ねていきました。

(つづく)

NPOサーベイ設立の私なりのこころざし(2)

2009年12月7日 月曜日

(前回よりつづき)

oshima団塊世代の定年退職に伴う課題が様々な分野で取り上げられています。これまで福祉の現場を引っ張ってこられたリーダー的存在の方々も、退職の時期を迎えています。これらの方々が一線を退く前に、豊富な経験によって培われた知識・技術を次の世代に継承してゆく必要があります。この点は、他の分野でも同様の課題です。

ただし、私は社会福祉特有の課題もあると考えています。社会福祉の場合、「援助技術」が継承してゆく技術のひとつといえますが、中には言葉で表現することが難しいものや、その分野に関わっていない人には理解することが難しいものがあります。

援助技術は社会福祉の専門性と深く関わるものである点から考えると、専門性が何であるのか見えにくいという課題にもつながります。

つまり次の世代に「何を」「どのように」継承していくか、ということを考えたときに、「どのように」にあたる部分だけでなく、「何を」という部分も見えにくい場合がある、ということです。

この点を社会調査に引きつけて考えると、社会調査は、現場実践の専門性を次の世代に継承するためにもっともっと活用されるべきだと思うのです。

そして、「社会調査をするひと」だけでなく、「社会調査を受けるひと」が自らの実践を可視化し、次の世代に伝えることが重要だと思うのです。

(つづく)